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お気に入りのカップでお茶を飲む暮らし

久し振りにネットサーフィンをしていて、超有名ペットブログの「富士丸な日々」の主人公犬である富士丸くんが、お☆さまになったことを知りました。何の前触れもなく、突然だったようです。
私はあちらを、たまに覗かせていただいていたから一方的に知っている程度で、それ以上のお付き合いなどありませんし、お悔やみを言えるほど親しくもないので、あえて何も書きません。
でも、確かあちらの主さんは一人暮らしのはずだし、あんな大きな子が突然消えてしまって、その喪失感に一人で向かって行かれるのだと考えると、ものすごく胸が苦しくなります。
そしてやはり思い出すのは、先代ぼうずのこと。今回は、富士丸くんの件をきっかけに、考えたあれこれを、思いつくままに綴ってみようと思います。



私は時々、先代ぼうずのことを思い出します。最期の瞬間に立ち会いながら、これはすべて見て覚えていなくちゃ駄目だ、そう考えていたことを、わざと思い返しています。
それは、そのあと付き合うことになった2代目ぼうずや、それ以外の縁のできた全ての動物たちに、何かが起こったときに、先代のときの経験が、もしかしたら何かの役に立つかもしれない、そう思ってのことです。
常にそのとき自分のできる100%で付き合ってきたので、先代が急に☆になってしまったときも、後悔はありませんでした。でもそれは、そのときの経験や体験、およびそれを経て得ることの出来た知識を、次に生かすことが出来て、初めて言えることだと思うんです。

犬や猫と一緒に暮らすということは、お気に入りのカップでお茶を飲む暮らしに少し似ている、なんてことに気付きました。
入れ物なんて何でも、お茶はのめるけど、お気に入りのカップがあったら、それはいっそう楽しく、美味しい時間になるに違いない。
たとえインスタントコーヒーでも、安いティーバッグでも、お茶菓子が何もなかったとしても、お気に入りのカップがあれば、それはもう私にとって、ちょっと特別な幸せの時間です。
そのカップだって、ウエッジウッドのすごいのじゃなくて、ローソンのシールを集めてもらったリラックマのマグかもしれない。でも、値段の多寡や来歴に関わらず、そのカップで頂くことが既に、特別な時間だったりするんです。お気に入りになるきっかけって、案外そんなもんじゃないですか?
カップである以上、いつか必ず壊れます。だからと言って、カップを仕舞いこんでしまっては、それは幸せではないです。カップはやはり、お茶を入れて飲んでこそ、幸せになれるんじゃないでしょうか。
ぶつけてちょっと欠けていたり、洗っても落ちない茶渋があったりするかもしれません。ですけど、使い込んでのそれはむしろ味であり、愛着の証でもあるのです。
だから、一見粗雑に使い込みながらも、うっかりガチャンととどめを刺してしまうことのないように、自分なりの愛し方で、末永く付き合っていきたいんだと思います。

先代ぼうずのことを思い出す、と先ほど書きましたが、それはその最期の瞬間に立ち会った一連のこともありますが、そのほかにももうひとつあります。声です。
写真は多少撮っていたので、見た目の記憶は割りと残っています。抱っこしたり撫でたりしたときの、重さや温もりや肌触りといった皮膚感覚も、まあ大丈夫です。でも、鳴き声だけは、録音をしたわけでもないし、どこにも残っていません。
大丈夫、忘れない、と自信はあったんですが、その後若く元気な2代目ぼうずが家に来て、てんやわんやの暮らしになり、またこの子はアビシニアンですからちょっと変わった声で鳴くので、一旦記憶が上書きされてしまい、先代の声が記憶から消えてしまったんです。
困ったなぁと思っていましたが、人間の記憶とは上手くしたもので、ちょうど1年位前ですが、ふとした拍子に頭の中で、先代の声がふっと蘇ったんです。ちょっと哀愁を帯びた、語尾の上がる、にゃ↓あぁーん↑? みたいな感じのあの声。取り出して誰かに聞かせることは出来ませんが、まちがいなくそれは先代の声なんです。
それ以来、頭の中でその声を反芻し、今度はもう忘れることのないようにたびたび思い出しているんです。何のためか? それはそのうち、私が虹の橋を渡ってあちら側に行くとき、先代とちゃんと待ち合わせが出来るようにです。先代が一生懸命「おねーちゃん、おねーちゃん!!」って話しかけてるのに、私が全然気がつかなかった、なんて寂しすぎますもんね。
積もる話もたくさんあるし、向こうにも多分あると思うので、絶対行き違いにならないためにも、先代の声は忘れずにいよう、なんてことを考えているのです。

富士丸くんは、7歳だったそうです。うちの先代が☆になったときはだいたい8歳くらいで、中年期と言えばまあ、中年期ではありますね。そしていつまでもガキンチョみたいですが、2代目も6歳になりました。カップはいつか割れてしまうときが来るけれど、そのときまでは、少しでも長い時間、1回でも多くのお茶が楽しく飲めたらいいな、そんなことを考えたのでした。
by recipeback | 2009-10-30 07:02 |